1960〜

永く愛されるスイーツを求めて
~成長の時代~

戦後の復興期を経て、モロゾフは大きく成長します。
カスタードプリン、チーズケーキ、アルカディアなどモロゾフを代表する商品が誕生します。

本社社屋を神戸市東灘区に移転

本社社屋を神戸市東灘区に移転

当社にもまとまった社屋が必要となり、神戸市東灘区(現在の登記上の本社)に本社社屋を新築しました。

神戸御影工場となった興南糧食工業の工場
神戸御影工場となった興南糧食工業の工場

興南糧食工業株式会社と合併

1962年2月モロゾフ製菓と興南糧食工業株式会社が合併しました。

戦争中の1942年にモロゾフは軍の要請で工場を強制的に明け渡すこととなり、従業員の引き継ぎと会社の存続のために、モロゾフの菓子製造部門と御影にあった昭和製菓合資会社とが企業合同し、昭和モロゾフ合同製菓有限会社(後の興南糧食工業株式会社)を作りました。興南糧食工業株式会社ではキャンディやチョコレートを中心に製造しておりましたが、空襲で御影の工場も焼失ししてしまいました。戦後には御影の焼け跡にバラックの工場を建てて、何とか命脈を維持していました。その後は、徐々に製造も回復し、工場も拡大、製造するキャンディも高い評価を受けるようになっておりました。
1962年2月にモロゾフ製菓が興南糧食工業株式会社を吸収合併し、興南糧食工業株式会社は解散することなりました。興南糧食工業株式会社の工場がのちのモロゾフの神戸御影工場(西神工場竣工とともに廃止)となりました。

興南糧食工業の従業員
興南糧食工業の従業員
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モロゾフの定番商品「カスタードプリン」
モロゾフの定番商品「カスタードプリン」

カスタードプリン発売

喫茶店のオリジナルメニューとしてモロゾフを代表する商品、「カスタードプリン」が誕生しました。

カスタードプリンが誕生したのは1962年(昭和37年)。東京銀座にほど近いモロゾフのカフェ。その頃のメニューにはケーキなどはまだなく、当時の従業員がオリジナルメニューとして陶器の器に入れて1日数十個ずつ焼いたのがはじまりです。当時の家庭にはまだオーブンが普及しておらず、牛乳、卵、砂糖を蒸し固める濃厚で素朴な味わいは、外食ならではの特別な味。
作ることができる量が限られる一方で、日増しにお客様からの注文は増えていき、6年後の1968年(昭和43年)、工場での生産を開始。広く販売されることになりました。大きくて柔らかいカスタードプリンは、「デカプリン」と呼ばれ、とても評判となりました。工場での製造が始まった頃はカフェと同じように陶器で商品化しましたが、品質のレベルが不安定であり改良に苦戦。

●蒸しながら焼き上げる工程にも耐えられる素材
●カラメルソースの浮きを抑える設計
●確かな価値を感じてもらえるフォルム

これらの課題をクリアしたのがガラスでした。
ガラスは内部にジワジワと熱が伝わり、均一に加熱できる利点を持っていたのです。
1973年にガラスの容器に変わってから約40年、割れ防止のための形状変更や軽量化など試行錯誤を繰り返し、改良を重ねてきました。マイナーチェンジを含めれば、改良は計7回になります。

厳選された牛乳、卵、砂糖、バニラ香料のみで作られるカスタードプリン。味覚や容器などは時代に合わせて少しずつ改良を重ねながらも、シンプルな材料と、どなたでも安心してお召し上がりいただける品質はそのままに。
「変わってしまった」と思われないよう、『進化しながらも変わらない味』を現在まで守り続けています。

カスタードプリンのこだわり

カスタードプリンが誕生した日石ショップ
カスタードプリンが誕生した日石ショップ
容器も改良を重ねています
容器も改良を重ねています
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開設当時の名古屋出張所
開設当時の名古屋出張所

名古屋出張所(現名古屋支店)開設

1963年9月名古屋市東区に名古屋出張所(現名古屋支店)が開設されました。

1963年9月名古屋市東区徳川町に名古屋出張所が開設されました。1977年4月に名古屋出張所は名古屋支店となり、同年7月には中区栄1丁目移転し、工場も併設されていました。(名古屋支店は数度の移転を経て、現在は栄2丁目にあります。工場は閉鎖しております)

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麻袋入りのココアピーナッツ
麻袋入りのココアピーナッツ

ココアピーナッツ発売

ローストした皮つきピーナッツをココア風味で薄く糖衣した「ココアピーナッツ」を発売しました。

ローストした皮つきピーナッツをココア風味で薄く糖衣した「ココアピーナッツ」。発売当時は南国から船に積んで日本に来るカカオビーンズをイメージして麻袋を使用していました。現在まで続く人気商品のひとつです。

モロゾフオンラインショップ

今でも人気商品です
今でも人気商品です
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開設当時の東京支店
開設当時の東京支店

東京支店開設

戦後、東京市場を担当してきた有限会社モロゾフ製菓東京販売所から事業を引き継ぎ東京支店を新設しました。

戦争終了後の1948年から東京を中心とした東日本、北海道までをカバーしてきた有限会社モロゾフ製菓東京販売所から事業をすべて引き継ぐかたちで、1964年に新宿区市ヶ谷で東京支店はスタートしました。その後、1968年には杉並区和田に新築移転(東京工場と寮が併設)いたしました。(東京支店は新宿区下宮比町への移転を経て、現在は新宿区新小川町にあります)

1968年に杉並区に移転した東京支店
1968年に杉並区に移転した東京支店
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1979年当時の福岡支店
1979年当時の福岡支店

九州連絡所を設置

1965年に九州拠点の第1歩として北九州小倉区に九州連絡所(現福岡支店)が設置されました。

1965年に九州拠点の第1歩として北九州小倉区に九州連絡所が設置されました。1974年には福岡市中央区平尾に福岡出張所(工場およびショップ併設)が設置されました。1979年7月に、福岡市博多区博多駅南に福岡支店と工場を建設し移転いたしました。建築前の土地調査では遺跡が発見されたとのことです。また、1987年には工場を増築して、生産能力を拡大しました。

現在の福岡支店・工場
現在の福岡支店・工場
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ナッツパラダイス発売

ナッツパラダイス発売

ナッツをテーマにしたチョコレートの詰合せ。工芸品的な美しいデコレーションが施されていました。

北海道連絡所開設

北海道連絡所開設

1968年4月に北海道連絡所を開設、1981年9月には連絡所から北海道営業所となり、札幌市豊平区に移転しました。現在に続く工場もすでに併設されていました。

1969年発売の「クリームチーズケーキ」
1969年発売の「クリームチーズケーキ」

クリームチーズケーキ発売

モロゾフのデンマーククリームチーズケーキが発売されたのは、チーズケーキが現在のように一般的ではなかった1969年。
1970年代には、雑誌などでチーズケーキが注目されるようになると、ブームが到来し、モロゾフのデンマーククリームチーズケーキはその先駆けとして、ご好評をいただきました。
以来、お客様から愛され続けモロゾフを代表するロングセラー商品となりました。

モロゾフがデンマーククリームチーズケーキの原型ともいえるチーズケーキに出会ったのは、まだベルリンの壁が存在していたドイツでした。当時の社長、葛野友太郎が製菓用の機械の買い付けの商談を終え、ふと訪れた喫茶店。そこで何気なく注文したチーズケーキのおいしさに衝撃を受けました。
「おいしい!」
話を聞くとウイーンの有名菓子店でもチーズケーキを扱っており、ドイツ人の間でも人気だという。日本に帰った葛野はすぐに試作を指示しました。
原料にはデンマーク産クリームチーズを選定。それもデンマークの製品そのものではなく日本人の味覚にあわせて改良したものを同国の酪農組合に特別発注していたそうです。
濃厚でずっしりしたモロゾフのチーズケーキは、発売からしばらくして大ヒット。
日本万国博覧会が開催された1970年代にはチーズケーキブームが巻き起こりました。
発売当初は手作りで1日に20~30個ほどしか製造できませんでしたが、1977年にはライン化。発売から9年後のことでした。
ビスケットを均一の厚みでしきつめる、生地が膨らんで割れが起こらないようにする、さらにそれを調整しながらきれいな焼き色をつける…。これらに非常に苦心したそうです。
「すぐには量産できなくとも、5年・10年費やして味覚、品質が認められ、安定してゆく製品づくりをすることも使命なのではないか。」
当時の担当者は完成したラインのオーブンから次々に出てくるチーズケーキを見て、そう感じたといいます。
2004年には発売35周年を機にデンマーク産クリームチーズを増量し、名称を「デンマーククリームチーズケーキ」に変更しました。デンマーク産クリームチーズのコクを、絶妙なレモンの風味で引き立てた、シンプルでありながらも奥行きのある味わい。伝統の製法で焼き上げたチーズケーキは、現在もチョコレート、プリン、焼菓子にならぶモロゾフの人気商品です。
チーズケーキのこだわり

焼成方法も日々進化しています
焼成方法も日々進化しています
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発売当時はマカロンタイプの商品でした
発売当時はマカロンタイプの商品でした

アルカディア発売

希少価値が高かった外国産ナッツを贅沢に丸ごと一粒トッピングしたマカロンタイプのクッキー。1973年に現在のクッキータイプに改変。アーモンドが丸ごとのった贅沢な仕様と個性的なパッケージは、発売当時では珍しく、現在まで続く人気商品になりました。

贅沢にナッツを丸ごと一粒トッピングしたマカロンタイプのクッキー。当時の主力商品であったチョコレートは夏の販売に不向きだったため、”年間通して楽しめる、本格的な焼菓子”の開発に着手しました。当時クッキーといえば、バターと小麦粉、砂糖を使った、いわゆるオーソドックスなタイプが主流でした。「他社にはないオリジナル性溢れる商品を作りたい」と試作を重ね、当時まだ一般的ではなかった「マカロン」にたどり着きました。バターと小麦粉ではなく、卵白とナッツを中心にしたマカロンタイプは、当時の日本ではほとんどなじみのなかったもの。卵白で軽やかに仕立てた生地に、割り砕いたナッツの粉や粒を練り込み、希少価値が高かった外国産ナッツをひと粒まるごとトッピングしたアルカディアは、ナッツの魅力が伝わりやすい、まさに画期的な商品でした。

日本古来の蒔絵をイメージした金と黒のデザインは、当時の企画担当の従業員が手描きで起こしたものです。缶を開けた時にクッキーが溢れ出るイメージを表現し、海外のデザイン賞も受賞しました。
しかし、発売してしばらくは売上が伸び悩み、さらに発売当時のマカロンタイプは割れやすく、すべて手作業で量産が難しいものでした。また、小麦粉が入っていない配合であったため成形が安定しませんでした。

その後、配合や焼成方法を試行錯誤し、1973年には現在のクッキータイプに改変。サクサクとした食感と香ばしさは、たちまち世代を超えて愛され、ギフトとしての人気も高まりました。缶は、「ひと目見たらあの味を思い出す」と言われるほど、今ではアルカディアを象徴するものとなっています。

モロゾフオンラインショップ

発売当時からナッツをふんだんに使用しています
発売当時からナッツをふんだんに使用しています
現在も愛され続ける「アルカディア」
現在も愛され続ける「アルカディア」
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オープン当時のセンター街ショップ
オープン当時のセンター街ショップ

旗艦店「センター街ショップ」(現在の「神戸本店」)オープン

1971年10月、地元神戸に待望の旗艦店としてオープン。1981年3月、1989年12月に改装を実施し、2019年の改装では店名を「神戸本店」に改名しました。

1971年10月、地元神戸に待望のフラッグシップショップとしてオープン。緑・白・金を基調にした店内には、オープン当初から喫茶も併設されていました。主力のアルカディアをしっかりと陳列し本格的なケーキも取り扱っていました。
その後1981年3月、1989年12月、2019年11月に改装を実施しています。2019年の改装では店名も「神戸本店」に変更しました。

何度も改装を重ねました
何度も改装を重ねました
2019年11月、「神戸本店」になりました
2019年11月、「神戸本店」になりました
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夏の定番商品「ファンシーデザート」の原点となった「ソフトプリン」
夏の定番商品「ファンシーデザート」の原点となった「ソフトプリン」

ソフトプリン発売

モロゾフ初のレトルト商品。のちの定番商品「ファンシーデザート」の原点となった商品。

プリン本来の風味とやわらかさを詰め込んだ、モロゾフ初のレトルト商品。モロゾフの夏の定番商品「ファンシーデザート」の原点となりました。プリン自体にほのかなカラメル味をつけた「カラメル」、天然オレンジ果汁を使用したさわやかな「オレンジ」、プリンとコーヒーを同時に味わえる「コーヒー」の3種類の詰め合わせで発売しました。
※レトルト:気密性及び遮光性を有する容器で密封し、加圧加熱殺菌した食品

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1972年~1975年
1972年~1975年

「モロゾフ株式会社」に商号変更

「モロゾフ製菓株式会社」から「モロゾフ株式会社」に商号を変更しました。

「モロゾフ製菓株式会社」の「製菓」を外し、「モロゾフ株式会社」としました。日本には「〇〇製菓株式会社」の商号が数えきれないほどあり、それらの企業の多くが菓子を製造し、問屋を通じて小売店に流す商売をしていました。当社は製造から販売まで一貫して行うのが基本姿勢であり、他の多くの製菓会社とは異なるイメージをお客様にもってもらいたいとの思いから「製菓」の文字を外しました。
シンボルマークも従来のマークの印象を残しながら、中心の文字を神戸の頭文字Kからモロゾフの頭文字Mに変更しました。

創業当時~1971年
創業当時~1971年
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発売当時の「ファンシーデザート」
発売当時の「ファンシーデザート」

ファンシーデザート発売

「ソフトプリン」を全面改変してさわやかなブルーのパッケージとフルーツの爽やかな味わいで発売されたレトルト商品。改良を重ね今に続く、モロゾフの夏限定のロングセラー商品です。

夏のギフト向けに開発された「ソフトプリン」でしたが、なかなか売上が伸びませんでした。そこで「ソフトプリン」に使用された当時の先端を行くレトルト技術(※レトルト:気密性及び遮光性を有する容器で密封し、加圧加熱殺菌した食品)を生かして、果汁たっぷりのみずみずしい食感でありながらも常温で日持ちがする夏らしくさわやかな商品として「ファンシーデザート」が誕生しました。
水面に涼風が吹き、さざ波が立っている様子をシルバー・ライトブルーで表現したさわやかなパッケージ。暑い夏にも食べたくなるフルーツの爽やかな味わいの「オレンジマインド」、そしてモロゾフが得意とするチョコレートを夏にも楽しんでいただけるようムース仕立てた「チョコレートムース」の2種で展開しました。
2011年には樹脂容器になり、より洗練されたデザインに変更。さまざまなフルーツの味のバリエーションも広がり、毎年新しい味わいが登場しています。ふるふるとゼリーがほどけ、香り高い味わいが華やかに広がる、モロゾフの夏限定のロングセラー商品です。

夏のギフトの定番商品になりました
夏のギフトの定番商品になりました
今も愛されるファンシーデザート
今も愛されるファンシーデザート
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1973年発売当時の「オデット」 1973年発売当時の「オデット」
1973年発売当時の「オデット」

オデット発売

チャイコフスキーの「白鳥の湖」に登場するヒロイン"オデット姫"のように上品でクラシックな中にもモダンなイメージを持つクッキーの詰合せ。今に続くロングセラー商品です。

1973年12月に、チャイコフスキーの「白鳥の湖」に登場するヒロイン"オデット姫"のように上品でクラシックな中にもモダンなイメージを持つ「オデット」が誕生しました。それまでの商品とは異なり、まず東京市場で発売され、その後全国に展開しました。
発売当初は、マカデミアナッツとアーモンドそれぞれの香ばしさを生かし、当時ヨーロッパで親しまれていた”フールセック(焼菓子)”をイメージし直径約13cmの薄い円盤形をしたラングドシャタイプのクッキーで、軽やかな風味とのハーモニーを楽しんでいただける商品でした。
パッケージは当時では珍しい鍔(つば)付きのアールの蓋でした。お客様は「まあきれい!」「すてきな缶ね」「珍しいお菓子ね」とショーケースの前に立ち止まられたそうですが、宝石を販売するような専用販売ケースで高級感を演出、パッケージと同じ赤色のワンピースを着て"オデット姫"姿で販売、発売2ヵ月前に「オデット」という名の店舗を開店するなど販売促進にも力を入れました。
その後、時代の流れとともにクッキーやパッケージを改変。
1975年にはバニラクリームをサンドした新品種を追加し、配送時の割れに耐えるために現在のものに近い大きさに改良。缶は長方形になり、シンプルなフォルムにするために角丸のフラットな蓋が採用されました。1976年~1980年にはチョコレートクリーム、コーヒークリームが加わりました。また、ロールタイプ(葉巻型クッキー)が加わったのもこの頃です。
2002年にはミルクの風味が強いクリームやフレッシュバターの使用により、よりリッチな味わいに改変。クッキー生地をバニラとチョコレートの2種にすることで、バリエーションも豊かになりました。パッケージデザインもオデット姫から緑が印象的な花柄のものに変更されました。2007年にはサンドタイプの形は丸型から四角へ、パッケージはやさしいベージュに改変されましたが、2011年創立80周年を機に初代パッケージを復刻。大好評につき現在まで継続しています。2019年にはサンドのクリームをホワイトチョコレートに変更しました。

モロゾフオンラインショップ

上)2002年に改変したオデット
下)2007年に改変したオデット
現在のオデット
現在のオデット
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大阪証券取引所市場第二部に株式上場

大阪証券取引所市場第二部に株式上場

1974年9月24日、大阪証券取引所市場第二部に株式を上場し、名実ともに中堅企業への第一歩を踏み出しました。

ティーブレイクの個性的なパッケージ
ティーブレイクの個性的なパッケージ

ティーブレイク発売

お茶のひとときに楽しんでいただける4種類のパイ「ティーブレイク」を発売しました。

選りすぐりの良質なスパイス(セイジ・ローズマリー・タイム・オールスパイス)とエダムチーズのおいしさが広がる「ミックススパイス」、オニオン独特の甘みとチキンブイヨンをチーズの風味にとけあわせた「チキン・オニオン」、ちょっぴり塩見をきかせたなめらかで親しみやすい風味の「チーズ」、チーズ本来の個性的でいて親しみのある風味とゴマの香ばしさをまろやかに包みこんだ「セサミ」。4種類のパイ「ティーブレイク」を発売しました。
(現在は販売しておりません)

ティーブレイク
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発売当時の「グラス オ ショコラ」
発売当時の「グラス オ ショコラ」

グラス オ ショコラ発売

チョコレートでコーティングした一口サイズのアイス。発売当初は、売り場にはお客様が列をなし、注文が殺到する大ブームとなりました。

「チョコレートのアイスクリーム」という意味をもつ「グラス オ ショコラ」は、チョコレートでコーティングした一口サイズのアイスです。バニラアイスをチョコレートでコーティングした「バニラ」と、ブランディ風味のチョコレートアイスクリームをチョコレートで包んだ「ブランディ」の2種を発売しました。「ファンシーチョコレートの伝統とアイスクリームの出会い。」をキャッチコピーにおしゃれに楽しめる夏の新しいデザートとして販売を開始しました。

翌1977年には、売り場にはお客様が列をなし、日々のデザート需要のほかギフトとしてもご利用いただき、新聞各紙でも取り上げられ注文が殺到する大ブームとなりました。現在もさまざまな味のバリエーションを加え、モロゾフのフローズンを代表する商品です。

一口サイズのアイスは大好評でした
一口サイズのアイスは大好評でした
味のバリエーションも豊富になりました
味のバリエーションも豊富になりました
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1976年当時の商品
1976年当時の商品

ハロウィーン商品展開開始

それまであまり知られていなかった欧米の楽しい行事「ハロウィーン」を全国に紹介すべく、「ハロウィーンキャンディフェア」と題して商品の展開を開始しました。

ある日、モロゾフの2代目社長葛野友太郎は、かなり確信ありげに「ハロウィーンはイベントとして大きくなるよ」と社員に告げました。当時、モロゾフではさまざまなイベントを展開していましたが、クリスマスとバレンタイン以外のイベントの状況は厳しく、イベント展開の縮小を考えていた矢先の出来事でした。「早速アメリカに誰かを取材にやれ」と矢継ぎ早に指示が飛び、当時まだ若かった社員が、アメリカの西海岸へ取材に向かったことが始まりでした。

モロゾフが伝えたいハロウィーン、それはこのお祭りに昔から引き継がれてきた、数々の催しの楽しさでした。それまで日本であまり知られていなかった欧米の楽しい行事「ハロウィーン」を全国に紹介すべく、「ハロウィーンキャンディフェア」と題して商品の展開を開始しました。子どもたちが「トリックオアトリート!」といいながら近所の家々の戸をたたいてまわり、やってくる子どもたちのためにキャンディをたくさん用意することにちなんだフェアでした。商品はキャンディを詰めあわせた「ジャック オ ランターン」や、麻袋を使った「コーヒーキャンディ」を展開し、今もなおご愛顧いただいている商品の原型を多数生み出しました。

お客様に「ハロウィーン」を知っていただくためには、従業員もよく知っておかなければならないということで当時の社内報には「ハロウィーン」のイベントがどのようなものか周知するための記事が見られます。

1989年10月29日、ハロウィーンをもっと多くの方に楽しんでいただくために、電車を貸し切り、「ハロウィーンエクスプレス」を開催しました。多数の応募者の中から外国の方50名を含む300名を招待し、JR新宿~千葉の間を走行。車内では仮装コンテストやじゃんけん大会、歌やお菓子で楽しみました。
その後、1991年には船上パーティーも実施し、ハロウィーンの輪は徐々に広がっていきました。

ハロウィーン列車内の様子
ハロウィーン列車内の様子
ハロウィーンは現在は大きなイベントになりました
ハロウィーンは大きなイベントになりました
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現在のシンボルマーク
現在のシンボルマーク

シンボルマークが現在のマークになりました

CI(コーポレート・アイデンティティ)プランにより、現在のシンボルマークに変更されました。

1976年CI(コーポレート・アイデンティティ)プランにより、現在のシンボルマークに変更されました。中心のデザインはモロゾフの頭文字”M”と、それまでのシンボルマークにも使われていたロシアのクレムリンにある大きな釣鐘をモチーフとし、両翼にお菓子の持つエレガントさと鐘の音が鳴り響くイメージを花びらののようなかたちで表現しました。
また、「将来にわたり共鳴し広がり続ける⇒会社発展し続けていく」との願いが込められています。

それまでのシンボルマーク(1972年~1975年)
それまでのシンボルマーク(1972年~1975年)
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発売当時の「グルノーブル」
発売当時の「グルノーブル」

グルノーブル発売

スポンジにガナッシュをサンドし、ホワイトチョコレートのフレークで飾ったケーキ。
のちにクリスマスをはじめひなまつり、母の日、父の日、四季などイベントごとの味を展開。現在まで続くロングセラー商品になりました。

1978年3月、現在の阪急百貨店うめだ本店に「チョコレートケーキの店」をオープン。チョコレートのモロゾフがお届けする、チーズケーキに次ぐ主力のケーキを目指して展開しました。パリジェンヌがほっと一息つくときによくチョコレートと飲み物をいただくように、本格派のチョコレートケーキを味わってほしいという思いが込められていました。
「チョコレートケーキの店」では全8種のケーキを取り扱っており、そのうちのひとつが「グルノーブル」でした。スポンジにガナッシュをサンドしウォールナッツをアクセントに加え、ホワイトチョコレートのフレークで飾ったケーキです。
のちにクリスマスをはじめひなまつり、母の日、父の日、四季などイベントごとの味を展開。現在まで続くロングセラー商品になりました。

現在もクリスマス時期に販売
現在もクリスマス時期に販売
母の日にはピンク色でカーネーションのイメージに
母の日にはピンク色でカーネーションのイメージに
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発売当時の「レアチーズケーキ」
発売当時の「レアチーズケーキ」

レアチーズケーキ発売

生クリームをたっぷり使用し発酵乳で味つけした、深いコクとやさしい甘さの絶妙なバランスが楽しめる、くちどけのよいチーズケーキ。

当時はすでに販売されていた「クリームチーズケーキ」が世の中に浸透しご好評いただいていました。数あるチーズケーキのタイプの中でもこれまでモロゾフが展開してきたベイクドタイプのチーズケーキとはまた違った、新しいタイプのチーズケーキを味わっていただきたいという思いで開発されました。

生クリームをたっぷり使用し発酵乳で味つけしたチーズババロアをビスケット型に流し込んだフレッシュなチーズケーキ。チーズケーキのバリエーション展開のもととなった商品で、のちにレアチーズケーキにかけて楽しめるケーキソースも販売し、チーズケーキの楽しみ方のご提案の幅が広がりました。現在も続く人気商品となりました。

現在も人気商品です
現在も人気商品です
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アンナベラの店内
アンナベラの店内

イタリアンレストラン「アンナベラ」開店

「本格的なイタリア料理を気軽に」をコンセプトに神戸の阪急御影駅北にオープンしたイタリアンレストラン。

「本格的なイタリア料理を気軽に」をコンセプトに阪急御影駅北にオープンしたイタリアンレストランです。当時は今ほどイタリア料理がメジャーではなく、スタッフはイタリア料理の良さをお客様にしっかりお伝えできるように勉強して臨んだといいます。
店内ではスタッフ間のコミュニケーションに簡単なイタリア語を用い、本場イタリアの活気ある食の空間をつくりあげていました。

お客様の8割は女性の方で、イタリア料理をお召し上がりいただきながらライフスタイルの講話やイタリアについて知識を深めていただくレディースパーティーも実施されました。1986年閉店。

本格的なイタリア料理
本格的なイタリア料理
毎月第3水曜日にはレディースパーティーを開催しました
毎月第3水曜日にはレディースパーティーを開催しました
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