モロゾフ ハロウィーン50年史
- ハロウィーンの楽しさをお届けして50年 -

国内の主要テーマパークで本格的なイベントが始まる20年以上も前。
モロゾフは日本にハロウィーンを届けていました。

1976年にモロゾフが初めてハロウィーン商品を発売して以来、今年で50周年を迎えます。
単なる商品展開にとどまらず、「ハロウィーン」という新しい文化そのものを日本に根付かせるための、モロゾフの50年にわたる挑戦の軌跡をご紹介します。


vol.1

日本ではまだハロウィーンが知られていなかった時代

ハロウィーンの夜明け前。1970年代の日本。当時、「ハロウィーン」という言葉や「トリック オア トリート※」という習慣を知る人はほとんどいませんでした。

そんな時代背景の中、モロゾフは1976年にいち早くハロウィーン向けの商品を発売し、日本のハロウィーン文化の扉を開きました。

日本におけるハロウィーン文化の原点となった、モロゾフの初代ジャック オ ランターンは、今も大切に引き継がれています。
※「トリック オア トリート」はモロゾフの登録商標です。

1976年発売 初代ハロウィーン商品パッケージ
1976年発売 初代ハロウィーン商品パッケージ
COLUMN なぜモロゾフは「ハロウィン」ではなく「ハロウィーン」と呼ぶのか?

日本では一般的に「ハロウィン」という呼称が定着していますが、モロゾフでは1976年の発売当初から一貫して「ハロウィーン」と表記しています。

その理由は、本場・欧米での発音と文化へのリスペクトにあります。「Halloween」は「All Hallows' Eve(諸聖人の日の前夜)」が語源であり、英語の正しい発音に近いのは「ハロウィーン」です。

モロゾフは単なる一過性のイベントとしてではなく、西洋の伝統的な文化として日本に正しく紹介したいという強い思いがあったため、より本場に近い「ハロウィーン」という呼称にこだわり続けてきました。50年経った今でも、その姿勢は変わっていません。


vol.2

「ハロウィーンを楽しむ文化」を広げた、モロゾフの挑戦

「ハロウィーン=お菓子を楽しむ行事」として定着を目指したモロゾフは、
商品の販売だけでなく、体験型のイベントを次々と企画しました。

1987年 ディスコ仮装パーティー

六本木のディスコ「AREA・CIPANGO」で開催。仮装して来店した方は入場無料、さらにモロゾフ特製のジャック・オ・ランターンをプレゼントする画期的なキャンペーンを実施しました。
1987年 ディスコポスター

1987年 「仮装して街へ出かける」文化を提案

当時まだ珍しかった「仮装をして街へ繰り出す」楽しさをいち早く提案。銀座や新宿の歩行者天国、表参道、百貨店の中までも練り歩き、人々がお菓子とともにハロウィーンの一夜を体感する、日本のハロウィーン文化の大きな原点となりました。
1987年 当時の仮装風景

1988年 フォトコンテスト企画

モロゾフの機関誌『SWEET LAND』などで家庭や仲間同士での「ハロウィーンパーティー写真」を公募。全国の読者から楽しい写真が寄せられ、家庭でのイベント定着を後押ししました。
1988年 フォトコンテスト募集誌面

1989年 ハロウィーン・エクスプレス

全国の子供たちを招待し、車内をパーティー会場に見立てた特別列車を運行。新宿駅を出発し、車内をハロウィーン仕様に装飾し、ゲームやお菓子の詰め放題、仮装コンテストなどを開催しました。
1989年 ハロウィーン・エクスプレス

1991年 船上ハロウィーンパーティー

非日常的な空間でお菓子と文化を楽しむ「船上ハロウィーンパーティー」を開催。海の上での優雅な仮装イベントとして、多くの話題を呼びました。
1991年 船上パーティー

2021年 Instagram ARエフェクト配信

コロナ禍でも自宅で手軽にハロウィーン気分を楽しめるよう、Instagram限定のオリジナルARエフェクト(スマートフォンのカメラ映像に、3Dキャラや映像をリアルタイムで重ねる機能)を配布。SNSを通じて新しいハロウィーンの体験価値を提案しました。
2021年 Instagram ARエフェクト

INTERVIEW — ハロウィーン・エクスプレス企画担当者(当時)が語る、黎明期

企画したきっかけは何でしたか?
きっかけは当時の東京支店長からのミッションでした。”ハロウィーンは、バレンタインにも劣らない市場性を持っている。その潜在パワーを引き出す企画を考えて欲しい"。それを担えるのは日本にいち早くハロウィーンを紹介したモロゾフでしかない、との強い責任感からだと思います。しかも、やるなら発信力のある東京でと。その時は気持ちが高ぶりましたねぇ。本プロジェクトはここからスタートしました。
誰が最初にアイディアを出したのですか?
もうかなり昔のことなので明確に覚えていませんが、通常業務終了後、支店会議室にプロジェクトメンバーが毎日のように集まり、ワイワイ・ガヤガヤとアイディア出しを行いました。メンバーは全員が20歳代の若手でしたので、まるで学園祭のような、部活動のようなノリで、めちゃくちゃ楽しかったですねぇ。
なぜ、「列車」という発想になったのですか?
「ハロウィーンの歴史及び欧米での楽しみ方」を紹介したいというのが、企画のベースにありました。そこで、「Key wordをparty」と設定。それも想像を遥かに超えるワクワク・ドキドキな内容にしたいと。列車は「行先を伏せたミステリートレイン」、車内は「閉ざされた空間の非日常」、乗客は「仮装した見知らぬ子供たち」、そこでは「外国人の方による歌とギター」、そして「溢れるばかりのスィーツ」。ワクワク・ドキドキの期待いっぱいでした。
社内ですぐに賛成されましたか?
有難いことに支店長からは、大きな修正もなく賛同していただきました。ただし、今回のイベントは子供たちが主役である。 ”バスでの移動(青山スパイラルホール⇔新宿駅)”や”新宿駅構内の誘導(新宿駅西口⇔ホーム)”など、危険を伴う箇所があるので、安全面には十分に配慮を徹底するよう指示を頂いたこと、鮮明に覚えています。
鉄道会社との交渉は、大変でしたか?
「JRとの交渉とスパイラルホールでのキャスティング(歌、ダンス等の出演者)」については、企画会社の力も借りて行いました。貸切り列車自体は、そんなに特別なことではないのですが、”列車内外の装飾”には、JR側にかなり無理を利いていただきました。事前に品川駅の操車場まで出向き、皆で飾り付けをしたり・スィーツを積み込んだり・・・・。JR側からすると、たぶん「めんどくさいなー」と思っていたはずです。
一番苦労したことは何ですか?
やはり、安全面ですね。たくさんの参加していただいた皆さまに、怪我や事故なく無事にお帰りいただく。それに尽きますね。当日のスタッフは、全て社内メンバーで賄いましたので余計です。お客様に対応するスタッフが、このイベントの「目的や意義を共有」しているかどうかで、全く「その質」が変わってきますからね。ここがこのイベントの成否を決めるポイントだと思ってました。
当日のお客様の反応はどうでしたか?
参加いただいたほぼすべてが ”ファミリー” で「仮装したお子さんとお母さん」が多く、特に「子供たちの笑顔と歓声」が凄かったですね。スパイラルホールで、バスの中で、列車の中で、そこかしこで溢れてました。すべてが終了し、”笑顔の子供たち” を笑顔でお見送りできた ”その瞬間” が本当に感動しました。
商品の販売だけでなく、モロゾフがイベントを開催した理由は何ですか?
1931年創業当時、日本では洋菓子はまだ珍しくなかなか手に入るものではなかったようです。そこで、洋菓子をただ提供するだけではなく、そのスィーツにまつわる歴史とか物語を添えながら提供していたようです。ですので、今回もそれに倣い、商品だけではなく、「ハロウィーンそのもの」を紹介したい&体験していただきたいと考えました。またイベントを企画するにあたり、「あたたかさ」を大切にしました。できるだけ外部のプロに頼らず、可能な限り社内で対応しようと考えたのもまさにここです。外部のプロに頼めば、たぶんもっと効率よくある意味洗練された形でできたかもしれませんが、社内メンバーが力を合わせ汗を流したことで、モロゾフらしい「あたたかさ」が伝わったと信じつづけています。
企画後、やってよかったと思ったことはなんですか?
3つあります。一つは、店頭などでお客様から感謝の言葉をたくさんいただいたとの情報を得たとき。二つ目は、百貨店などの得意先からお褒めの言葉を頂いたとき。そして三つめは、イベント実施の翌日、たしか月曜日だったと思いますが、出勤してきた社内メンバーの誰もが目を輝かせて、昨日の様子を興奮気味に話をしている姿を見たときです。まさに、達成感から得られた一体感ですね。

vol.3

文化を伝えるための広報活動と商品の変遷

モロゾフは社内報や機関誌を通じて、「ハロウィーンとは何か?」「なぜ仮装するのか?」「ジャック・オ・ランターンの由来」などを丁寧に解説し、日本人にハロウィーン文化を紹介し続けました。これらの記事は歴史的資料としても非常に貴重です。

また、1976年の発売以来、時代とともに進化してきたモロゾフのハロウィーン商品。ゴーストンや黒猫シリーズなど、年代ごとのパッケージデザインは日本のハロウィーンデザインの歴史そのものです。

機関誌・歴代パッケージ変遷
1989年 モロゾフ機関誌『SWEET LAND』より

PAST PRODUCTS

— 歴代のハロウィーン商品たち —

ジャック オ ランターンの変遷
ジャック オ ランターンの変遷 1
1976年〜
ジャック オ ランターンの変遷 2
2010〜2016年
ジャック オ ランターンの変遷 3
2010〜2015年
ジャック オ ランターンの変遷 4
2013〜2014年
ジャック オ ランターンの変遷 5
2016年
ジャック オ ランターンの変遷 5
2017年
クッキー・チョコレート
歴代ハロウィーン商品 05
1983年

デギズマン

歴代ハロウィーン商品 07
1984年

ハロウィーンパーティセット

歴代ハロウィーン商品 08
1988年

かぼちゃ大王

歴代ハロウィーン商品 09
2003年

クローニャキーホルダー

歴代ハロウィーン商品 11
2009年

トリック オア トリート

歴代ハロウィーン商品 12
2009年

ミートントリートミニバッグ

歴代ハロウィーン商品 13
2011年

ミートントリート
ポーチ
(ゴーストン)

歴代ハロウィーン商品 14
2013年

ミートントリート
ポーチ
(スカルティーナ)

歴代ハロウィーン商品 15
2015年

クローニャランターン

歴代ハロウィーン商品 17
2015年

ミートントリート
ポシェット
(クローニャ)

歴代ハロウィーン商品 18
2020年

ハロウィーンサプライズ
(クッキー)

歴代ハロウィーン商品 22
2022年

ミートントリートバッグ

洋生菓子
歴代ハロウィーン洋生 2
1983年

パンプキンパイ
※画像は1988年

歴代ハロウィーン洋生 1
1986年

パンプキンプリン

歴代ハロウィーン洋生 3
1989年

パンプキンプリン
※画像は2004年

歴代ハロウィーン洋生 5
2003年

パンプキンデンマーク
クリームチーズケーキ
※画像は2007年

歴代ハロウィーン洋生 4
2003年

パンプキンケーキ
(ミニ)

歴代ハロウィーン洋生 6
2011年

パンプキンレアチーズケーキ


vol.4

日本のハロウィーン文化史とモロゾフ

1976年 モロゾフが洋菓子業界でいち早くハロウィーン商品を発売開始
1983年 原宿で一般参加型ハロウィーンパレードが開催される
1987年 六本木ディスコにて仮装パーティー開催(仮装で入場無料・ジャック オ ランターン贈呈)
1988年 ハロウィーンフォトコンテスト開催(機関誌にてパーティー写真公募)
ハロウィーン風船をお客様にプレゼント
1989年 「ハロウィーン・エクスプレス」運行(特別パーティー列車を走らせる)
1991年 「船上ハロウィーンパーティー」開催
1990年代 国内の主要テーマパークで本格的なハロウィーンイベントがスタート
2000年代後半 「おばけかぼちゃ」の重量当てクイズを実施
2021年 「Instagram ARエフェクト」配布(SNSを通じた新しい体験の提供)
2026年 ハロウィーン展開 50周年を記念し、新しいキャラクター「モンスター」が仲間入り。
全国でハロウィーンが一大文化イベントとして定着
1976年、まだ日本ではほとんど知られていなかったハロウィーン。
モロゾフは、お菓子を通してその楽しさを伝え
イベントを通してその魅力を届け、情報発信を通して文化を紹介してきました。
現在、日本のハロウィーンは秋を代表するイベントの一つとなっています。
この50年の歩みは、モロゾフがお客様とともに歩んできた歴史でもあります。

これからも、お菓子を通して季節の楽しさや心豊かなひとときをお届けしてまいります。

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